深い沼

たまにうそをつく日記

心地よいシンプルな暮らしのために

 

元々私は、部屋を片付けられない女だった。

実家時代はともかくとして大学時代はえらいことになっていた。

それがまあ大人になり、断捨理の本を読んだり、家族に何度もなんども尻を叩かれたり、そういうことの繰り返しで、まあどうにか一般家庭なみにはお部屋が片付くようになってきた。

我ながら人は大人になってからでも成長するのだと感心しきることであるが、

それにしてもいくら部屋が片付いたところで、モノの量が減ったところで

ある一定ライン以上、どうしても部屋が居心地よくならない。

モノの量が減った、とはいえ、元々物欲のえらいこと強い女である。

服も、推しのDVDも、本もマンガもそこそこある。いや、天井まである本棚いっぱいある。

その他キッチングッズやら、食料品やら調味料やら料理本やらやらやら、まあ結局そこまで物の数は少なくない。「ミニマリスト」の人のお部屋に憧れはあるものの、トランク一つどころに荷物がまとまることは多分一生ないだろう。

 

だから、ずっと「モノの量」が問題なんだと思ってきた。

それで、断捨理しなきゃしなきゃとプレッシャーに感じて、捨てようと格闘をつづけてきた。でも推しのものは捨てられないじゃない。見てると幸せになるものじゃない。無理じゃない。そんな簡単に手放せるなら推してない。恋ではないけれど、恋に限りなく近い量の執着してるから推しなのだもの。

その他、料理はそこそこするし、ファッションは日々の楽しみだし、おたくはうるおいだし、人より趣味の多い自分にはモノの量はそこそこ多い。

結果として、捨てられない自分にずっと落胆し続ける日々を送ってきたのだけれど、

最近唐突に、問題はモノの量ではないんじゃないかと思うようになってきた。

 

ぐるっと部屋を見渡す。

ピンク色の物干しハンガーは一つ欠けてる。

めったに使わないコピー用紙や封筒が目に入る場所に置いてある。

髪をとくブラシは汚れてるし、おしゃれとは程遠いデザイン。

使ってるシャンプーやハンドソープや調味料はどれもド派手なパッケージデザインスーパーで買ったものたち。

どれもこれもお気に入りじゃない。適当に値段で選んだものばかり。

良く考えれば私はおたく的な「情報」にはお金をかけてきたけれど、

普段使う生活用品に、まったく頓着しない人間だった。安物で、100均こそ使わないけど、そこらのスーパーで買ったものばかりで暮らしてきた。

とにかくこの部屋は、情報量が多すぎる。色も、文字も、洪水のようにあふれてる。

そしてその一つ一つが小さいストレスになってる。

 

もしかしたら、うちをこれ以上居心地良くするために必要なのはモノの数を減らすことではなくて、目に入る情報量を減らすことなのかもしれない。

色合いを統一したり、シンプルなパッケージのお気に入りのデザインのものを選んだり、頻度の低いものはきちんと見えないところに収納したり。

今まで「捨てる」にばかり意識がいっていたけれど、そうじゃなくて

「収納」と「厳選したシンプルなデザイン・色のものを買う」

ということを、今年はしっかり考えたほうがいいのかな。

とはいえ、すべてをがらっと買い替えられるほどの財力はないし、壊れてないものを買い替えて捨ててしまうのはもったいないおばけがでるので、

少しずつ、少しずつ、買い替える時にきちんと選ぶことをはじめてみようと思う。

 

まず最初の一歩として、切れかけてたハンドソープと洗顔料のかわりに松山油脂というメーカーのものを買ってみた。顔にも使えるものだから、まとめてひとつですむしパッケージかわいくて、見るたびにちょっと楽しい。詰め替え用もあるし。

もしこの香りに飽きたら、普通にパッケージだけ残して他の物入れてもよさそうだな。

hands.net

 

少しずつこういうもので部屋が満たされていけば

いつかは心地いい我が家ができあがるのかな。